「すでに国家の能力を超えている」中国政府が大手IT企業への規制を強める当然の理由

中国政府が大手IT企業への規制を強化している。なにが背景にあるのか。元警察官僚の中谷昇さんは「いまや、中国の大手IT企業のもつ中国人のものをはじめとしたユーザーの個人情報は、中国政府のもつ情報よりも断然大きい。政府要人はそうした情報を自分たちの手の届くところに置いておきたいのだろう」という――。(第2回/全2回)

※本稿は、中谷昇『超入門 デジタルセキュリティ』(講談社+α新書)の一部を再編集したものです。

大手IT企業がもつ個人情報は中国政府を上回る

中国ではいま、国内の大手IT企業への規制を行っている。

中国のサイバーセキュリティ法では匿名での通信を制限し、特定の通信を政府の意思で止めることもできるように定めている。

さらに、これはどこの国でも同じであるが、独占禁止法などで大手企業の活動もコントロールしようとしている。

国家情報法という法律では、中国の情報機関に企業も個人も協力をする義務が課せられているため、企業などがもつデータも政府に吸い上げられることになる。いまや、中国の大手IT企業のもつ中国人のものをはじめとしたユーザーの個人情報は、中国政府のもつ情報よりも断然大きい。そうした情報も政府要人が自分たちの手の届くところに置いておきたいということだろう。

中国ではスマホ決済やオンラインショッピング、公共料金の支払いなどまで、すべてIT企業の作り上げたサービスで行われる。それらの情報には、個人の日常の活動履歴から趣味嗜好(しこう)、政治的思想まですべてが含まれることになる。そしてそうしたデータは政府がなんとしても手に入れたい情報だと言える。

データは取れば取るほど、人の行動を予測できるようになるからだ。ビジネスなど経済活動にも活かせるし、インテリジェンスとして国家の安全保障や治安維持にも活かすことができる。

中国に赴任する日本のビジネスマン、中国IT企業の製品を使うユーザーのみならず、広く国民がそうしたリスクを承知しておく必要がある。

データは「他国民を操る」ことを可能にする

データを収集され続けると何が怖いのか。

「この人は何が好きなのか」「この人に何を売れば買ってくれるのか」という情報をオンラインのショッピングサイトやニュースサイトなどで集める。

ビジネスであれば、すべて好みを把握されていることは気持ち悪いが、まあ自分の嗜好に合わせたオススメ品が自動的に案内されるので、便利だから許せるという人もいるだろう。

だが、国により、国家安全保障上の目的で使われる可能性があると聞いたらどう思うか。

「人」を「国」に代えてみるとわかりやすい。ターゲットの国が、何をしたいのか、何を与えればなびいてくるのか、それを知るために徹底的にその国の国民のデータを集める。また、その国の人々に何かを信じさせたいと思えば、記事やSNSなどを駆使して人々の行動を誘導することも可能になる。

その決断は本当にあなたが考えたことなのか

さらには、

「この人たちはどんな報道を見ているのか」
「何を、誰を、情報源にしているのか」

を把握することも、相手を知る上では重要な要素になる。とくに検索履歴や閲覧履歴、そして通信履歴を見ればかなりはっきりとわかる。

ネット広告技術をベースにしたターゲット手法は世論操作などにも使えるわけだ。

このような目的で、あなたのデータが他国に収集され、あなたへのオススメとして特定の傾向の記事ばかり出てくるようになり、知らず知らずあなたの政治的な意見まで操作されてしまう――。そんな最悪の事態が起きかねないのが現代のデジタル社会である。民主主義的な社会を守るには、まず自分の情報をしっかりと守ることが重要になる。

ビッグデータに基づき、人々を特定の方向に誘導する。これは自分でも気が付いていない欲求をAIが見つけていることを意味する。AIはこれまでのデータから、あなたの心を読んでいるのである。

そして、何か、決断をさせようとしている。

これは、人の考えに対する影響に他ならない。インターネットが普及してから、あっという間に、そんなことまでできる時代になったということだ。

データ収集能力は盗聴の時代から進化している

国家であれば、自国が優位に立てるように、特定の国の個人や団体に関する情報を収集、または監視する。その対象が政府かマスコミ、企業なのかによって、切り口は変わるが、そうして集めた情報は、対外戦略を作るための基礎資料にもなるのである。

じつは昔から、スパイ機関などがインテリジェンス活動でそうしたデータを集めてはいた。昔は、首脳や高官らの会談などを盗聴したり、電話の通話をモニターすることによって、その国の方針などを知ろうとした。

それがいまでは、まさにインターネットを経由してデータを吸い上げることで、経済・社会活動、言論空間を含めて、何がこの国で起こっているのかを瞬時に知ることができる。

さらにそれをひっくり返すことも、流れを弱めることも、特定の人に特定の情報を与えることで可能となってきている。それを狙って、国によっては、国家が強引に、情報を社会の隅々から吸い上げている。

多種多様の、ありとあらゆるデータがあれば、データやAIによる分析の精度もさらに上がる。

国家を超えうるGAFAに高まる警戒感

いまではGAFAに代表されるような大手プラットフォーマー(データのインフラ事業者)は巨大に、強大になりすぎて民主主義にとって脅威なのではないかという懸念が出てきた。

そのため、ヨーロッパではデータの扱いを厳しく規制するGDPR(EU一般データ保護規則)が制定され、アメリカでもGAFA規制の必要性が議論されている背景には、そうした国家を超えうる存在への牽制の意味がある。

最近、アップルやグーグルがウェブ上でのトラッキングに規制をかけてきたのはこのような不安や不満に対応したものに他ならない。

インターポール時代には、どんなアプリでもデータを監視できる「監視ソフト」についても注目していた。監視ソフトとはスパイウェアと呼ばれるもので、現在ではかなりの数の国で利用されている。

これまで政府機関自らが巨額の費用をかけて監視技術を開発してきたが、いまでは、民間が作ったシステムで同様の監視が可能になっている。この分野においては世界でも数社だけが、政府機関に限って監視ソフトを販売している。なお、サービスを提供している会社はどれも、公的機関以外には販売していないという。

ターゲットの脳に入り込める民間の監視ソフト

私がインターポールにいる時、実際に、ある民間の監視ソフトのデモを見る機会があった。

そこでは、まずビデオが流され、「相手の頭の中をすべて覗く」といった具合でプレゼンテーションが行われる。

そして、スマホに入った電子メールからメッセージ、電話、写真、電話帳、通信履歴、検索履歴などすべてにアクセスが可能になる状態が画面に映し出される。つまり、ターゲットになった人の行動がすべて丸裸になるわけだ。

本当に、その人のすべてが見えるのである。脳に入り込むといったイメージだ。

それを可能にするサービスを提供しているのが民間企業であるというのが現実だ。

いま広く知られているのは、イスラエルのNSOグループという会社が販売する「ペガサス」や、イギリスのガンマ・グループが提供する「フィンフィッシャー」というシステムである。ただこれらは、数十カ国で利用されており、あまりに強力なスパイウェアなため、製造会社のある国の政府が、誰に販売するのかについての判断に影響力を持っていると言われている。

NSOのスパイウェアについては、米商務省産業安全保障局(BIS)が、2021年11月に「エンティティリスト」(米製品輸出禁止対象企業一覧)に追加したことが発表されている。その事実からも、同社のシステムの実力がわかる。

対象者の人物相関図がすべて可視化される

では、スパイウェアで集められた情報はどのように使われるのか。

もちろんメールやSNSのやりとりが見られるのは当然のことながら、実際にデモを見て、コンテンツの重要性はもちろんだが、メタデータが非常に有効な情報なのだということだ。とくに情報機関にとっては、メタデータが重要な価値を持つ。

メタデータとは、さまざまなファイルなどの情報データ、つまり、メッセージ一つを例にすると、メッセージの内容よりも、いつ誰が誰とどういった通信手段で、どのくらいの時間やりとりをしたのか、という個人の通信活動に関わるデータのことである。

それによって、世の中に、どんな人たちのネットワークがあるのかを可視化できる。やりとりしている人たちの相関図ができ上がるというイメージである。

メタデータによる個人やグループのコミュニケーションや情報の往来のネットワークも可視化できる。

最終的には、そこに諜報(ちょうほう)員などが現場で集めたヒューミント(人的インテリジェンス情報)を加えて、ターゲットなど、対象者のネットワークを把握しているのである。そのデータベースを見れば、誰が誰とつながって、いつ、誰と、どこで、何をしているのかが一目瞭然である。

IT業界の関心は5Gから6Gへ

2019年から、世界で本格的に導入が始まった5G(第5世代の移動通信システム)。新型コロナ禍で5Gの導入も話題性に欠けてはいるが、じつはIT業界はもう6Gに向かっている。

アメリカが2018年に5Gを試験的にスタートさせた。そして翌2019年の4月には、スマートフォンで使える5G通信サービスを、アメリカと韓国がスタートさせた。中国でも、同じ年の11月から、中国移動と中国聯通、中国電信の三大通信事業者が5Gの通信サービスを開始している。

この5Gをめぐっては、中国のファーウェイが、5G通信機器を安価に販売してシェアを世界に広げたこともあって、通信インフラをめぐる米中の対立につながっていった経緯がある。

5Gは、通信中のやりとりの遅延が1ミリ秒(1000分の1秒)以下になり、電話などでも声が届くのにタイムラグはなくなる。さらに、1平方キロメートルあたり、100万台の機器を同時に接続できる多接続が可能で、データ通信も安定し、電力消費量も低い。

そしてすでに5Gの次世代の通信規格(6G)について開発がはじまっているのだ。

6Gは現実社会とデジタル空間の境界をなくす

6Gは、5Gと比べて通信速度が10倍になるとされる。同時に接続できる機器も10倍になり、消費電力も100分の1に。

街中から身の回りのものまで何もかもがネットワークにシームレスに接続され、5G以上に早く、より多接続になると見られている。

もはや現実社会とデジタル空間の違いがなくなるだろう。そしてそれには、数多くのデジタル機器が使われ、すべてがデータ化される。要は、私たちの生活がデータによって作られていくのである。

そんなデータはどう使われるのか。

どんどんデータが集積され、それが分析され、可視化される。それによって、これまで人間の目には見えなかった大きな「流れ」が見えてくるようになる。すべて私たちの知らず知らずのうちに集められているデータがそれを支える。

民間企業のデータが日本の国策を左右している

新型コロナで、NTTドコモなどが街の人流予測をしていた。あの予測も、携帯電話の位置情報に基づいて統計値をとって出している。