コロナ災禍の中で船出した日本の5G、普及の鍵は? 期待外れの評価を覆せるのはいつか【クロサカタツヤ×石川温】

通信・放送、そしてIT業界で活躍する気鋭のコンサルタントが失われたマス・マーケットを探索し、新しいビジネスプランをご提案!──新型コロナウイルス災禍の中で始まった、日本の5Gサービス。自動運転やスマートシティなどのイノベーションを加速するインフラとして期待されつつも、その船出には期待外れとの非難だけでなく、コロナ等々多くの壁が立ちはだかっている。政府の非常事態宣言によって日本中が自粛による打撃を受ける中、高収益を維持している通信会社には、コロナ以後の日本の成長を支えることへの期待も大きい。5Gの明日はどっちだ。(「月刊サイゾー」6月号より一部転載)

クロサカ 3月下旬にドコモ、KDDI、ソフトバンクの3大キャリアが5Gサービスを開始しました。韓国など海外では昨年から商業サービスをスタートしているところがありましたが、ようやく日本でも5Gが使えるようになりました。ところが、その直後に新型コロナウイルスのため政府が非常事態宣言を発令。日本中に大きな影響が出ています。そうした中で船出した5Gの普及と、通信業界の今後について、石川温さんと議論したいと思います。ちなみに今回の対談は、ウェブ会議で行っています。

石川 4月以降は情報収集が基本的にウェブ会議に代わっていて、チームスとかハングアウト【編註:それぞれマイクロソフトとグーグルのウェブ会議ツール。このほかにもSkype(マイクロソフト)やZoom(Zoom社)などのウェブ会議ツールもよく使われ、これを機に大きく知名度が上がった】で対面取材をしています。企業などの記者会見もウェブですし、移動の時間がなくなって、かえって効率が上がったかもしれません。

クロサカ 仕事の打ち合せは基本的にウェブ会議になっていますよね。ただ効率がよいので、1日に連続で6件とか8件とかできてしまうのは考えものです(笑)。

石川 企業からの情報発信も減っているので、仕事のネタは若干少なくなっています。ただ、ウェブ媒体の編集長に聞くと、PV自体は伸びていて追い風だけど、やはりネタが減っているのが悩ましいところだそうです。

クロサカ 非常事態宣言から1カ月近くたって、ウェブ会議以外でもリモートワークに皆が慣れてきましたよね。そんなコロナ真っただ中に船出した日本の5Gですが、石川さんはどんな印象をお持ちですか。

石川 正直に言って期待外れな面が大きいです。各社の5G対応スマホを買ってチェックしましたが、とにかく5Gの電波が吹いていない。ドコモやソフトバンクは大きなキャリアショップの前、KDDIは西新宿のKDDIビルの裏に行かないと5Gの電波をつかまない状況です。4Gのサービス開始の頃は、もう少し電波が吹いていましたから、それと比べても期待外れです。各社から5Gスマホが発売されましたが、販売店の営業時間短縮のためスマホ全体の売れ行きが落ちていて、盛り上がっているのは4GのiPhone SEのみ。

クロサカ なるほど。外出自粛だから5Gの話題が少ないだけじゃなくて、実際に使えるエリアがかなり限られているんですね。

石川 ただ、5Gのキラーアプリ、キラーサービスはなんだろうと、これまでモヤモヤしていて、クロサカさんも本で書かれていたように、なかなか一般の人には理解しにくかった。それが、コロナで家から出られなくなって、ビデオ会議を使って、仕事をするだけでなくネットで友達や家族と会うという行動はコロナが収束に向かってからも定着していくと思う。となると、5G時代のキラーサービス・アプリはビデオ会議のようなものになると思っています。

クロサカ 私だけでなく多くの人々が感じているように、ビデオ会議のようなものと、あとはNetflixといったビデオオンデマンドの利用が増えている。今、自宅にいますが、隣の部屋では子どもたちがNetflixを見ています。

石川 東日本大震災の時にツイッターがもてはやされたように、危機的状況になるとそうした状況下で求められるツールが盛り上がる。今はウェブ会議のシステムとスタイルが盛り上がっているし、5Gと組み合わさるともっと盛り上がると思います。光ファイバが入っている自宅ならウェブ会議で1時間に1GBとか容量を使っても平気ですが、外出先や光ファイバを入れていない家でモバイル回線を使うとなると、5Gの料金プランに変更しないと毎日使うのは厳しい。5Gとビデオ会議の相性の良さは、通信業界にとって明るい兆しになるでしょう。

クロサカ ウェブ会議とビデオオンデマンドで、トラフィックが上りも下りも激しくなってきて、5Gにとっては追い風が吹き始めました。ただ、一般的なユーザーの視点からすると、ブロードバンドが欲しいという人と、5Gの特長が結び付いていない。つまり、ブロードバンドは自宅の固定回線のことで、モバイルじゃないという思い込みがある。そこへ、降って湧いたこのビデオトラフィックの増加に対して、5Gはどんなふうに貢献してくれるとお考えですか。

石川 皆が、巣ごもりのためにストレスを感じているので、家の中でやっていたことを、外でもデータ容量と場所を気にせずにできる開放感が改めて評価されてくる。例えば、学生ならカフェや図書館でWi-Fiにつないで勉強をするというスタイルだったのが、現状はカフェも閉まって、この先も同じスタイルではできない。それが、5Gによってどこでも勉強ができるという、場所からの開放が鍵になってくると思います。

クロサカ 今後、非常事態宣言が解除されても、当面は3密を避ける必要があり、今までと同じような生活や仕事のスタイルには戻れません。これからは遠隔授業やテレカンのためにネットがつながらないと勉強も仕事もできなくなるし、Wi-Fiが入っていてもトラフィックが重くなる場所ではNGです。となると、自由な場所で仕事や勉強をするためには、5Gの必要性が高い。ところが、残念なスタートでした。

石川 通信会社自身もメディアも5Gをあおってきた面があり、そこは反省すべきところだと思います。通信会社だって本心では、5Gは金がかかるし、周波数帯も使いにくいし、5G対応のiPhoneが出るまでは手抜きでいいかな、と思っていた節は否めないでしょう。

クロサカ 特に日本は、世界的に見ても4Gネットワークの完成度が高いし、料金もそれほど高いわけじゃない。そう考えると5G普及の最大の敵は4Gになる。ただ、同じ事業者のサービスである以上、敵と言ってもしょうがないわけで、それぞれの通信事業者が自ら克服しないといけない課題です。

石川 iPhoneが5Gに対応すると3社の比較軸ができてしまうので、おそらくそこがスタートになるでしょう。4Gの時も、iPhoneを買ったユーザーがキャリアごとの通信速度をSNSで共有して、評判が出来上がっていきました。5Gでも、各社ともそれを見据えて、加速させると思います。

クロサカ iPhoneが通信技術普及のトリガーになるというのは、日本をはじめとしたiOSシェアが高い国々の現象です。おそらく次のiPhoneは5Gに対応しますが、かなり価格が高くなるでしょう。iPhone 11の実勢価格や、先行するAndroid機種の5G対応状況から考えると、次のiPhoneのハイスペックモデルは20万円近くなるかもしれない。そうなると、端末価格と通信料金の完全分離規制をしてしまった後では、消費者に対して最新のiPhoneに20万円払ってください、というのはかなり厳しい。

石川 規制のために端末価格の割り引きできないことと、アップルがiPhone SEをかなり安く発売してしまったことは、5G普及の足枷になるでしょう。アップル自身も、5G対応iPhoneがかなり高価になるとわかっているので、SEは安くしたんだと思います。特に日本にとって厄介な点は、ファーウェイを排除してしまったことです。これからファーウェイから安価な5G対応スマホが出てきますが日本の通信事業者は自社ブランドで売ることができない。そうなると、安いスマホで5Gを普及させるというシナリオが、日本では実行できない。

クロサカ 昨年の5月と11月に韓国・ソウルを見てきました。5月の時点で5Gの電波は「ポケモンGO」並みで、探さないと見つからなかったのが、11月にはだいぶ使えるようになっていました。今の東京の5Gは、ポケGOどころではなくて、まったくない状況です。韓国はサムスンが強いこともあって、自国で普及させることで国外展開の足がかりにするエコシステムへの、国を挙げての後押しがある。一方、日本ではiPhoneの価格が高く、ファーウェイの安価な端末もないという状況に陥る恐れがある。

石川 韓国にはまた引き離されるでしょう。ただ、メーカーに話しを聞くと、1~2年ですべてのスマホが5G対応になると言っています。結果的に、スマホを買い替えたら5Gに対応していた、となると思います。それに来年以降は、DSS【編註:Dynamic Spectrum Sharingの略称で、既存の4G基地局から発信される電波に、5Gの電波も混ぜて発信し、4Gと同じエリアで5Gを同時に使えるようにする技術】によって4Gの周波数帯に5Gを混ぜ込むことで、5Gエリアが一気に広まる。その2つを待つしかないと思いますね。

クロサカ そうなると、1年以上の時間をかけて積み上げていくことになりますね。ところで、日本に限らずファーウェイをどう扱うかは、世界的な悩みです。5Gの技術についてはファーウェイが一番強いことも一般紙などでも報道されるようになってきましたが、日本はファーウェイとどう向き合えばよいのでしょうか。

石川 無視できない存在になっています。例えば、日本にとってはGAFAも無視できない存在ですが、かといって対抗する組織を作ることもできず、いかに仲良くして日本に対してメリットを誘導するか考えないといけません。ファーウェイに対しても、同じだと思いますね。

クロサカ 具体的に、こういう方法をとればよい、という明確な道筋が見えにくいところが難しいですよね。ファーウェイの端末のセキュリティを気にする一方で、同じ中国のレノボのPCを使っていたりする。

石川 日本が大好きなiPhoneも製造は中国だし、日本メーカーだったシャープも今では中華資本です。本当に国産で作るとなると、技術も限られてしまう。それに、通信業界は、あまり国籍とか考えないところで、そもそも通信はお互いのプロトコルが合っていないと通信できないし、むしろグローバルで規格や市場をどう盛り上げていくか、という思考になっている。

クロサカ 国の安全保障が問題になる場面もあるので、そう簡単ではないですが、逆に中国抜きで5Gを普及させることができるでしょうか。

石川 中国抜きで5Gネットワークを構築することも可能でしょうが、それにメリットがあるのか考えないといけません。コストを考えると中国の経済規模は大きなメリットです。確かにセキュリティ面での不安もありますが、そこまで恐れる必要はないと思います。もちろん、難しい問題で答えは出ないのですが、いかに中国と共存していくかを考えた方がよいと思います。

クロサカ 最近になって早くも「Beyond 5G」とか「ポスト5G」【編註:5Gの次の世代の通信規格・技術のこと。現時点では国際標準化団体などにおいて具体的な検討が始まっているものではないが、2030年以降の産業ニーズや社会課題などをもとに一部の企業や組織が先走って言いだしている】というテーマを目にするようになりましたが、どう思いますか。

石川 センスのない議論だと思っています。通信業界の人ですら、3年先がわからないのに、素人が10年後の議論をしてもしょうがない。そもそも、5G時代に強い会社は、4Gの時に端末が売れたから5Gの開発費に投資できた会社です。ところが、日本では通信会社に「もうけるな」という圧力がかかっていて、その結果として開発費が削られている。つまりBeyond 5Gにお金が回らない状況なので、それを変えない限りは日本の通信会社やメーカーは世界から置いていかれると思います。

クロサカ 難しいですよね。もちろん標準化の取り組みは強化すべきなので、そういう長期的な戦略に基づいた動きとしては理解できます。しかし現時点で5Gができていないのに、その先の話ができるはずがない。高邁な理念を掲げるだけでなく、地に足の着いた取組にするためにも、5Gへの取組が一層必要だと思います。

石川 この業界は積み重ねなので、例えばクアルコムが強いのは3Gの頃から特許を押さえて、4Gでも投資を続け、その結果5Gでも影響力を発揮している。そうした積み重ねなしに、5Gを越えて6Gで存在感を出すというのは無理な話です。

クロサカ この先の日本を考えると、傷んだ経済を成長軌道に戻すために、通信産業に期待する人が多いと思います。なぜなら、新型コロナの影響下でも収益を上げている数少ない産業だから。そう考えると、社会全体を盛り上げることの期待と責任を通信産業が負い始める時が来ているのではないでしょうか。

石川 かつて孫さんが「光の道」と言っていましたが、今それが求められているのかもしれません。リニアモーターカーの建設が進んでいますが、新幹線ですらガラガラの現状では、リアルの移動手段よりも情報インフラを整備する必要があります。学生だけでなく、多くの家庭に意外と固定回線が入っていません。人が移動できなくなる中、そういった情報通信に対する技術開発への投資が求められてくる。今、この機会にいろんなものを見直し、課題解決を加速させるべきだと思います。

<対談を終えて>
「で、クロサカさんは、どうすべきだと思いますか?」

やはり……という質問を、最後に石川さんからいただきました。

日本の5Gがうまくいっていないという話は、業界全体でも共有されていました。そして、もともとスロースタート志向だったのだから仕方ないし、新型コロナでユーザを含めて「それどころではない」状態になったので、当面このままでいいんじゃない、という若干の言い訳も、少し聞こえていたところです。

しかし石川さんとの対談を踏まえ、新型コロナがあるからこそ、これを追い風ととらえて、今こそ通信事業者は勇気を持って投資すべきではないかと、思い始めています。特に、インフラとサービスの間にある「鶏と卵」の問題を、今秋のiPhoneでも解けないとなると、通信事業者がリスクを背負ってでも投資を始めるべき状況ではないかと思うのです。

以前の私は、5G普及にはユーザ企業による投資が重要だと、考えていました。通信事業者が自分でコントロールできるよりもはるかに大きな可能性が5Gにあるのだとしたら、ユーザ企業が5Gによって事業機会を見つけられるようにすべきです。そして、それに向けた投資を誘発するための呼び水としての役割を、通信事業者は演じるべきだと思っていたのです。

しかし新型コロナによって多くの人が外出自粛を経験した今、想定を超えるトラフィックニーズが社会全体で発生しています。本稿を執筆している連休後半、私が住んでいるマンションでは、午後になると通信速度がどんどん低下していきます。みんな、NetflixやYouTubeを見て、Web会議をして、Zoom飲み会をしているのです。

こんなに需要が高まっている状態は、ほかの産業からすれば、垂涎ものでしょう。だとしたらそうしたトレンドをその他産業に還元するためにも、通信産業は今こそ5Gの設備投資で、お金を出すべき時なのではないでしょうか。

新型コロナによる需要は不安定だから先々が読めない、という声もあるでしょう。しかし疫学的に考えても、(残念ですが)新型コロナの影響は最短でも数年は続くでしょう。そして我々にとって数年とは、もはや一つの世代といってもいいかもしれない。その間に求められる「新しい生活様式」の中心に通信は位置づけられているのだし、5Gはそれを強力に推進するインフラであり、武器になるはずです。

そしてその時、石川さんや私のような世代が、盛り上げていかなければならないのだと思います。少なくとも私は、これまでそんな言い方はおこがましいと思っていたのですが、むしろ我々の世代が「コロナの戦後」を盛り上げる責任を負わなければ、誰がそれを担うのか、というようなことなのかもしれません。

石川さんからの問いかけには、そんな思いも込められていたように、改めて思います。

石川温(イシカワ ツツム)
スマホ/ケータイジャーナリスト。大学卒業後、日経ホーム出版社(現日経BP)にてコンシューマ向け製品やサービスの編集記者を経て、03年に独立。現在は通信業界を中心にIT関連について世界中で取材し、雑誌やWeb媒体、独自の有料メルマガなどで発信している。

クロサカタツヤ
1975年生まれ。株式会社 企(くわだて)代表取締役。三菱総合研究所にて情報通信事業のコンサルティングや政策立案のプロジェクトに従事。07年に独立、情報通信分野のコンサルティングを多く手掛ける。また16年より慶應義塾大学大学院特任准教授(ICT政策)を兼任。政府委員等を多数歴任。