ホンダが新型EVで使う「アルティウム」バッテリーとは何か

ホンダが北米市場(米国およびカナダ)向けにゼネラルモーターズ(GM)と共同開発する2車種の電気自動車(EV)は、GMが開発した「アルティウム」(Ultium)バッテリーを搭載する。GMはコンパクトカーから高級車、SUV、業務用トラックなど、今後の発売を予定するさまざまなEVに搭載すべく、このバッテリーを設計していた。

ホンダとGMが電気自動車の開発で手を組む理由

○パウチ型バッテリーとはどういうものか

アルティウムはパウチ型のリチウムイオンバッテリーだ。このタイプのバッテリーは、日産自動車がEV「リーフ」を発売する際、NECと共同開発したのが始まりである。日産は「ラミネート型」と呼んでいた。

パウチ型の特徴は厚みが薄く、表面積が広いので冷却性能に優れ、柔軟性のあるケースによって充放電の際に発生するガスによる膨張に対処できるので安全性が高いことだ。ことに数百ボルト(V)という高電圧でリチウムイオンバッテリーを用いるEVでは、安全性の高さは非常に重要になる。日産リーフは世界で累計45万台を販売しているが、リチウムイオンバッテリーにまつわる事故を1つも起こしていないのは、パウチ型の安全性が寄与しているからだろう。ただし、LG化学のリチウムイオンバッテリーは、日産とNECが開発した方式と電極などの内部構造が若干異なるとの情報もある。

安全性のほかにも、パウチ型リチウムイオンバッテリーには利点がある。薄型であることを活用し、車両への積載性を自由に設計できるのだ。円筒形や箱型の金属製ケースの場合、ケースの寸法で車載に制約が生まれるが、薄いパウチ型であれば、積層する数によって厚みを調整できる。そして、車体の床に薄く広げて搭載できるので、車両のパッケージングの自在性も広がる。そうした特徴から、GMは同バッテリーをさまざまな車種に適応できるとしている。モジュールは19種類におよぶとのことだ。

パウチ型にはまだまだ利点がある。薄型で表面積が広いので、充放電で発生する熱を空気で冷却しやすい。この特長は、EVで使った後のバッテリーを再利用する際に有効だ。

EVで使用後のリチウムイオンバッテリーには、60~70%の容量がまだ残っている。したがって、再生可能エネルギーによる不安定な発電の安定化や、災害などへの補助バッテリーとして十分に利用できるのである。その際、EVで用いられたバッテリーパックを解体し、リチウムイオンバッテリーを小さな単位で性能検査する必要がある。この点で、空冷が有利に働くのだ。液体冷却を採用したバッテリーパックは、配管の取り外しなどにより解体が難しくなる恐れがある。それはリチウムイオンバッテリー再利用の障壁となるばかりか、再利用への原価を高めてしまうことにもつながる。

パウチ型リチウムイオンバッテリーは、ダイムラー社も「EQ」シリーズで採用している。先ごろ日本導入となったメルセデス・ベンツ「EQC」も、バッテリーはパウチ型であると開発者は述べていた。

パウチ型は、それでもまだ少数派だ。例えばテスラは、円筒形のリチウムイオンバッテリーを使っている。円筒形はパーソナルコンピュータで使われているものと同じなので、大量生産が可能だ。それにより、EVの原価低減につなげることができる。既存の汎用品を使う利点を、EVの本格普及にいかしているのだ。ただし、より小型の「モデル3」では、バッテリー寸法を変えているとのことである。こうなると別仕様になるため、原価に影響が及ぶ可能性もある。

一方、パウチ型はすべて同じ寸法のバッテリーでも、積層する数によってバッテリーパックの寸法を調整できるので、GMのようにあらゆる車種に同じ寸法のバッテリーを活用すれば、出荷量を増やし、原価を抑えることができる。そこにホンダとの提携が加われば、原価低減に拍車が掛かりそうだ。

パウチ型リチウムイオンバッテリーの積層による容量の調整は、すでに日産リーフで実績がある。初代の前期型では24kWhの容量だったが、2代目の「リーフ e+」では62kWhへと2.5倍以上も容量を増やしながら、プラットフォームは初代のままだ。そして一充電走行距離は2.8倍(JC08モードでの比較)以上に伸びた。

○EV普及でバッテリーの主流はどうなる?

リチウムイオンバッテリーについては、今後の世界的なEV生産の増加に対し、供給量の争奪戦がすでに始まっている。そのなかで、パウチ型か、円筒形か、箱型か、どの形態を選ぶかは、バッテリーメーカーによって採用方式が異なるので、自動車メーカーはこの先のEV商品企画を十分考慮しながら提携を検討する必要がある。それによって、バッテリーメーカーの趨勢も変化する可能性がある。

現状では、EVの市場導入がまず優先され、自動車メーカーはいまだ未成熟な市場で損をしない(あるいは損を抑える)ため原価に注目しがちだ。しかし、やがてEVの存在が当たり前になったときには、1台1台の商品性が重視されるようになる。そうなると、自在な車両パッケージングを可能にする(それによって外観の造形や室内などの広さも変わってくる)バッテリー形式を、自動車メーカーは求めるようになっていくはずだ。

そうしたなかで、トヨタなどが期待するのが「全個体電池」と呼ばれるリチウムイオンバッテリーである。これは、充放電を促す電解質を固体にすることにより、過充電などによる熱膨張や発火を抑え、バッテリーをより安全にするものと期待されている技術である。

しかし、現在はまだ量産化のための技術開発段階にあり、いつ量産できるかは見通せていない。量産技術が構築されてからも、そこから工場の建設をはじめ、量産の運用や管理の体制を整えていかなければならず、実用化への道のりは長いと考えられる。

つい先日、全固体電池の対抗馬になりうる新しい技術が急に現れた。それが「全樹脂電池」だ。これは、電極も電解液も樹脂から作ることが可能で、それらを型に流せば製品化できるという、大量生産にも向いたリチウムイオンバッテリーである。来年には福井県で工場が稼働する予定だという。

全樹脂電池は安全性も非常に高いとされる。というのも、パウチ型リチウムイオンバッテリーのところでも紹介したように、充放電に際して発生するガスによるケースの膨張などについて、全個体電池は硬いケースのため対処が難しいが、樹脂であれば柔軟性があるので安全を確保できるというのである。

とはいえ、全個体電池も全樹脂電池も、バッテリーの容量(エネルギー密度)こそ大きく確保できるものの、EVのように、運転状況によっては急加速などの瞬発力を求めるために必要な「パワー密度」と呼ばれる性能については未知数だ。

既存のリチウムイオンバッテリーには、電解質が液体であったり、ジェル状であったりするため、電極に十分な電解質が行き渡り、エネルギー密度もパワー密度も存分に発揮しやすいという利点がある。その点、EVにうってつけなのはもちろん、それであるからこそ、スマートフォンやモバイル機器など、小型で高性能な製品の小さな寸法でも機能できるのである。

「ポストリチウムイオンバッテリーはリチウムイオンバッテリーだ」との意見がある。これは、既存のリチウムイオンバッテリーの次世代を担うバッテリーも、やはり同じリチウムイオンバッテリーであるだろうという見方だ。

より安全に、小さく、高性能にというバッテリー開発は今後も続けられるだろう。だがしょせん、どのバッテリーも使うのはリチウムであり、その資源には限りがある。資源確保の点では、全個体になろうが全樹脂となろうが、リチウム資源が尽きたときに時代は終わる。いまから野放図に使い捨てるのではなく、最後まで資源を使い切るためにも、EV後の再利用は不可欠だ。そのEVでさえ、「所有」ではなく「利用」することで台数を減らしながら、稼働率を高めることが求められている。

○著者情報:御堀直嗣(ミホリ・ナオツグ)
1955年東京都出身。玉川大学工学部機械工学科を卒業後、「FL500」「FJ1600」などのレース参戦を経て、モータージャーナリストに。自動車の技術面から社会との関わりまで、幅広く執筆している。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。電気自動車の普及を考える市民団体「日本EVクラブ」副代表を務める。著書に「スバル デザイン」「マツダスカイアクティブエンジンの開発」など。