iPhoneのアップルが「プロ向け防護マスク」をあっという間に作れるワケ

新型コロナウイルスの世界的な感染拡大を受けて、米アップルは「医療用フェイスシールドを週100万個供給していく」と発表した。なぜアップルはそんなことができるのか。立教大学ビジネススクール教授の田中道昭氏が解説する――。

※本稿は、田中道昭『経営戦略4.0図鑑』(SBクリエイティブ)の一部を加筆・再編集したものです。

写真=ABACA PRESS/時事通信フォト2020年03月17日、カナダ・バンクーバーのアップルストア前 - 写真=ABACA PRESS/時事通信フォト

フェイスシールドを週100万個のペースで国内外へ供給

新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、米国のメガテック企業は、各社とも大胆な対策を実施しています。そのなかでアップルは、4月5日にティム・クックCEOが自らのツイッターに対応策を説明するビデオメッセージを投稿し、注目を集めました。

アップルはすでに工場の操業一時停止やアップルストアの閉鎖などの対策を採っています。それに加えクックCEOは、ビデオメッセージの中で、さらに2つの取り組みを紹介しました。ひとつは、アップルの世界のサプライチェーンを通して、2000万枚以上のマスクを医療従事者に提供すること。もうひとつは、アップルが医療従事者向けの「フェイスシールド」を開発、製造することです。

フェイスシールド(防護マスク)とは、顔全体を透明のプラスチックで覆う装着型の器具で、ウイルスの飛沫などを防ぐ効果があります。アップル製フェイスシールドは2分以内に組み立て可能で、すでにカリフォルニア州の病院で使用され高評価を得たこと、これから週100万個のペースで米国内外へ供給していくということです。

アップル製フェイスシールドの世界への供給には、まさに、世界最先端の「垂直統合型」企業としてのアップルの強みが十分に活かされています。本稿では、この新型コロナウイルス対策でも存分に発揮されたアップルの強みや特徴について考察していきたいと思います。

サービス事業の売上高は「フェイスブック全体の7割弱」

「アップルはどんな会社なのか?」。まず、アップルの特徴を見ていきたいと思います。

多くの人にとって、アップルと言えば、最初に思い浮かぶのがiPhoneではないでしょうか。iPhoneはApp Storeというスマートフォンアプリのダウンロードサービスによって、プラットフォーム型のビジネスモデルの構築に成功しました。ただし、そうしたサービス事業が大きな収益を上げるまでには多少の時間がかかってしまいました。

アップルの売上高に占めるサービス事業の割合をみると、たとえば2014年9月期では、iPhone、iPad、Macといった主力製品が9割近くを占め、App Storeや音楽配信サービスなどのサービス事業は1割程度でした。それが、2019年9月期の売上高は2602億ドルで、サービス事業は463億ドルです。つまり、サービス事業の占める割合は17.8%に達しているのです。

売上高に占める割合が17.8%と聞くと、「まだまだ少ないのでは?」と感じる人が多いかもしれません。しかし、そのサービス事業の売上高463億ドルは、日本円では5兆930億円です。国内企業ではNTTドコモの4兆8408億円を上回っています。また、GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)の一角であるフェイスブックの2019年12月期の売上高が707億ドルなので、「アップルのサービス事業の売上高はフェイスブックの売上高の約7割弱である」という言い方もできるでしょう。

いま、iPhoneをはじめとする主力製品の販売台数が頭打ちになる中、サービス事業は順調に拡大を続けています。今後は、サービス事業がアップルの成長を支える主力になることが予想されます。

化け物のような収益力を誇る

アップルの企業としての“実力”は売上高だけではありません。アップルの凄さは、収益性にも表れているのです。前述したように、2019年9月期のアップルの売上高は2602億ドルで、粗利は984億ドル、営業利益は639億ドルでした。したがって、売上高営業利益率は24.6%です。

はたして、この数値は高いのか、それとも低いのか? じつは、化け物のように高い数値です。財務省が発表している「法人企業統計」(2018年度)によると、国内の製造業の売上高営業利益率の平均は4.6%となっています。製造業の中では、アップルに事業内容が比較的近いと思われる「情報通信機械」のカテゴリーをみると4.5%です。これが、日本のメーカーの平均値なのです。

個別企業と比べても、数値の高さは際立っています。たとえば、トヨタの2019年3月期の売上高は30兆2257億円で営業利益は2兆4675億円です。したがって、売上高営業利益率は8.2%。もう1つ、ソニーの2019年3月期は、売上高8兆6657億円、営業利益8942億円なので10.3%になります。トヨタもソニーも、国内の製造業では収益力の高さで一歩も二歩も抜きんでた存在ですが、アップルの半分以下の水準に留まっています。売上規模が小さいメーカーで、数値の高い企業をたまに目にしますが、これほど巨大な売上高を持つ企業で20%を超える売上高営業利益率というのは、なんとも恐ろしい数字です。

高収益体質の秘密は、「垂直統合」型のビジネスモデル

いったい、アップルのこれほどまでの高収益の秘密は、どこにあるのか。それは、ズバリ「垂直統合」型のビジネスモデルにあります。

垂直統合とは、おもに製造業の事業構造に関する経営手法です。あるメーカーが製品を生産する際、必要な工程はすべて自社でまかなうというもので、具体的には、研究開発から、製品の企画・設計、試作を経て、量産に至るまでの一連の工程を自社あるいはグループ企業で行なってしまうビジネスモデルです。生産工程で生じる中間コストが大幅に削減できる点がそのメリットです。逆にデメリットとしては、生産に必要な工場や設備、人員を自社でまかなう場合に費用がかかってしまうことです。

アップルは、企業として自らiPhoneの製造に携わっているわけではありませんが、すべての生産工程を自社の管理下に置いているという点で、垂直統合“型”と呼べるのです。

垂直統合モデルと対照的に語られるのが「水平分業」型モデルです。水平分業型モデルでは、生産工程のさまざまな段階で行われる作業を積極的に外部の企業に発注します。その最大のメリットは、固定費を小さくできる点です。一般的に、製品の企画や開発は自社で行ない、生産は外部の工場や設備に委託するため、特に初期費用を抑えることができます。すでに必要な材料や部品を大量生産している企業に委託すれば、自社で生産するよりもかなり安上がりになります。デメリットとしては、安定的な製品供給が受けられない可能性があることや、製品の品質を維持する難しさなどがあります。

iPhoneの「CPU」まで自社開発する徹底ぶり

実は、アップルは、iPhoneが世界中で売れ出した当初は、自社で製造をしない水平分業型で成功した企業とみられていました。2007年から販売がスタートしたiPhoneは、基本ソフトである「iOS」と一部のソフトはアップルの自社開発であり、また、すべての製品の部品を外部から調達し、その組み立ても別の外部の工場に委託していたからです。ところが、アップルの生産工程をよく見てみると、垂直統合型に上手く水平分業型を組み合わせた新しいモデルであることがわかってきました。iPhoneの生産工程では、部品の調達や製品の組み立ては外部に委託しているものの、品質については厳格に管理しているのです。アップルの管理は、単なる品質チェックに留まりません。部品製造や組み立てに必要な最新の切削加工機やレーザー加工機といった工作機械などは、アップルが自社で開発して委託先に貸し出すという徹底ぶりなのです。

なお、アップルの研究開発費は、毎年巨額に上ります。2019年9月期は162億ドル(1兆7,820億円)でした。これは、ソニーの5000億円、トヨタ自動車の1兆1000億円を大きく上回っています。アップルは、ソフトウェアだけでなく、工作機械などのハードウェアに関しても積極的に研究開発費を投じているため、これほどの金額になっているのです。

このように、アップルが単純な水平分業型を採っていないことが明らかになるとともに、逆に、「アップルは、もっとも垂直統合が進んでいる企業である」という見方が有力になりました。基本ソフトと製品のデザインを自社で開発し、その製品化に必要な機械や設備を外部に貸し出して製造してもらい、販売も自社の「アップルストア」で行なう。しかも、スマートフォンの心臓部である「CPU」(中央演算処理装置)まで自社開発をしています。日本のパソコンメーカーが、マイクロソフトが開発した基本ソフトで動くパソコンをつくって、家電量販店に販売してもらうという構図と比較すると、垂直統合の“度合い”の差は一目瞭然でしょう。

ユーザーの「楽しい」「心地よい」にこだわる

アップルが、こうした徹底した垂直統合によって実現したのは、収益力の高さだけではありません。競合他社の追随を許さない、極めて高いレベルの「ユーザー・エクスペリエンス」の提供にもアップルは成功しているのです。

ユーザー・エクスペリエンスとは、「製品やサービスの利用によって得られるユーザー体験」のことです。企業のマーケティング戦略において、非常に重要な要素になっています。成熟化した消費社会では、単に製品やサービスが“良い”だけでは、もはやユーザーに「価値がある」と思ってもらえません。ユーザーに「価値がある」と認識してもらうには、製品やサービスを利用することによって、「楽しい」「心地よい」といったポジティブな体験を提供する必要がある――。こうした考え方が、マーケティングで重視されているのです。

アップルは、ユーザー・エクスペリエンスに一貫してこだわり続けてきた企業です。App Storeや音楽配信サービスなどのサービス事業も、本質的には、「楽しい」「心地よい」あるいは「使いやすい」「簡単」といったユーザー・エクスペリエンスにこだわることが目的と言えます。

ブランディングにおけるジョブズの大いなる役割

スマートフォンやパソコン、タブレット端末など、アップル製品のほとんどが、競合他社と比べると高価格帯です。競合製品の低価格化が進む中、それでもアップル製品がモデルチェンジをするたびに世界中で売れているのは、製品そのものがブランド化しているからです。価格設定が高めの商品群は、「プレミアムブランド」や「ハイエンド」と呼ばれたりしますが、アップル製品のようなプレミアムブランドを創出することにも、品質管理がしやすい垂直統合モデルが向いています。

GAFAの他の企業と違って、アップルに明確なミッションやビジョンは存在しません。それにも関わらず、アップルは確固とした企業イメージを確立し、自社製品をブランド化することに成功しています。

企業のブランディングにおいてもっとも重要なのは、「経営者や創業者などの個人が発するメッセージ」です。いわゆる「セルフブランディング」です。経営者のこだわりや思い入れが会社全体に浸透し、製品やサービスに結実していることが、強いブランドの確立につながるのです。この点において、アップルは、創業経営者だった故スティーブ・ジョブズ氏が果たした役割は、比類ないほど大きなものでした。

“偏執的”なデザインへのこだわりが生んだ必然

印象的だったのは、1997年に公開されたアップルのCMで流れた「Think different.」というメッセージです。「違う視点で考える」といった意味ですが、ジョブズ氏はアップル製品を通じて、「ユーザーが独自の視点を持ち、自分らしく生きることを支援したい」と考えていたのではないでしょうか。その後も、「あなたらしく生きる」「再定義する」「革命を起こす」などのメッセージを広告で次々に打ち出していきます。これらの広告がアップルの企業イメージをつくり上げ、製品のブランド化に寄与していることはいうまでもありません。

アップル製品は、デザインの魅力でも多くのユーザーを獲得しています。ジョブズ氏のデザインへのこだわりは“偏執的”といえるほどでした。外からはまったく見えない、内蔵されている回路基板のチップにも整然とすることを求めたといわれています。先進的な機能を美しいデザインにいかに凝縮するかにこだわり続けたジョブズ氏にとって、水平分業を効果的に取り入れた垂直統合という新しいモデルは、戦略上の選択というよりも同社のこだわりが生んだ必然だったのかもしれません。

アップルの総力をあげた新型コロナウイルス対策

以上、アップルの特徴や強さの秘密について考察してきました。