復活した「iPad mini」がスマホ選びの新基準になり得る理由

米Appleが3月18日(現地時間)に新しい「iPad mini」(第3世代)と「iPad Air」(第5世代)を発表した際、「iPadの新製品は次に向けての布石ではないか?」とコラムで書かせていただいた。

そして翌週になると、一連のサービス事業のアナウンス。「Apple Card」が日本でいつ始まるのかは予想もできないが、iPadの新ラインアップと発表されたサービスの間には、「なるほど」と思わせる整合性もあり、Appleが個々の製品の「機能」を高めることを主眼として製品やサービスを設計しているのではなく、プラットフォームとして質の高いコンテンツやアプリがオーガニックに育つ環境を作ろうとしていることが垣間見えた。

いよいよ6月の開発者会議「WWDC19」が楽しみになってきたが、新iPad mini、新iPad Airを、2018年末にリニューアルされた「iPad Pro」と並べた上で試用してみると(Appleの意図と合致しているわけではないだろうが)、また違った側面も感じられた。

初代iPad mini誕生の背景を思い出す

初代iPad miniが発表されたのは2012年10月23日(現地時間)。筆者が初めて参加したApple Special Eventだったこともあり、当時のことは明確に記憶している。

このときティム・クックCEOは、iPad miniに関して2つの話をした。1つ目はタブレット端末からのWebアクセスの統計において、iPadからのアクセスが91%を占めていること(Windowsタブレットなども入り乱れた現在では、この数字が大きな意味を持つわけではない)、2つ目は27万5000本のアプリがiPadが搭載するディスプレイの「4:3」縦横比に最適化されていることである。

なお、iPad向けに画面をデザインされたアプリの数は、2017年時点で75万5000本。iPad Proの最新型が登場した後もディスプレイの縦横比は維持されている。

なぜこれらの数字を披露したのか。

当時の取材メモを見ると「4:3という縦横比に意味がある」というクックCEOの主張が強調されていた。もともとWebサイトを閲覧するために適した端末として設計されたiPadは、意図して4:3という縦横比を選んでいた。なぜなら縦位置(3:4)でも、横位置(4:3)でもパソコン向けにデザインされたWebサイトを閲覧しやすいからだ。

当時、低価格なことから多くの数が売れていた小型Androidタブレット「Nexus 7」は16:10のディスプレイを採用していたが、縦位置にすると文字が小さくなりすぎ、横位置にすると見通しが悪くなりすぎる。こうしたことから、「4:3はWebへのアクセスで最も使いやすい」とプレゼンしていた。

そして、そんなiPadの画面アスペクト比に対応したアプリがこれだけ多く出され、それぞれに最適なユーザーインタフェースを提供しているのだから、大きくこれを変える必要はないのだ。そうクックCEOは話していた。

あらためて感じるiPad miniの存在意義

かつてiPad miniは毎年のようにアップデートが繰り返されたものの、「iPhone 6」シリーズ向けに開発された「Apple A8」プロセッサを搭載する「iPad mini 4」(第4世代)を2015年9月に発表してからは新製品が投入されずにいた。

理由の1つには、Webへのアクセスやコンテンツを楽しむ道具として、A8でも十分なパフォーマンスが得られていたこともあるのだろう。しかし、新製品が発表されない時期が続くと、製品ラインアップは「古いもの」として扱われ、選びにくい製品になっていくものだ。

実は、初代iPad miniを購入して以降、久々に手にしたiPad miniが今回の第5世代モデルだったが、あらためて使ってみると2012年当時と現在では、ほぼ同じフォルムをまとう製品ながらも、全く異なる感覚を覚えた。

当時のiPad miniは、その名前の印象と全く同じ。コンパクトで軽量なiPadに他ならなかった。2012年9月発売の「iPhone 5」はディスプレイが4型。既にAndroid端末はディスプレイ大型化の傾向がみられたものの、Appleは縦横比を変えて縦にサイズを伸ばすにとどめていた。

しかし、今やiPhoneの現行モデルは5.8型~6.5型まで大型化し、iPad miniのサイズに近づきつつある。ただ、各製品を並べてみると、6.5型の「iPhone XS Max」は、さすがにiPad miniの7.9型よりかなり小さい。新しいiPad miniは、そのサイズ感の程よさから「都市生活向けタブレット」として使いやすいだけではなく、今後のスマートフォン選びにも影響する、そんな製品になるかもしれない。

それぞれのライフスタイルとiPad mini

例えば筆者の場合、移動のほとんどに電車を使う。原稿執筆やメールの返信、資料作成のためにほぼ毎日パソコンを携帯し、そこにスマートフォンを足すというイメージだ。

筆者は現在、iPhoneはiPhone XS Maxを主に使い、これにバッテリー搭載の保護カバーを組み合わせている。テザリングしても、iPhoneを使い倒しても、バッテリーがなくなることがないようにだ。これに加えて、自ら開発に関わった5.2型Androidスマートフォンの「NuAns NEO [Reloaded]」もカバンに入れている。

NuAns NEO [Reloaded]は個人的な関わりがある製品だから別として、5.8型の「iPhone XS」ではなく、6.5型のiPhone XS Maxである理由は、移動中にコンテンツを閲覧する道具としての性格をiPhoneに求めているからだ。2012年当時に比べれば、スマートフォンで写真や映像作品を楽しむことも多くなってきた。

さらにいえば、ヘッドセット機能を内包したBluetooth接続のイヤーモニターを使うことも多く、その場合はそもそもスマートフォンを耳に当てて通話することもない。

当時最大の6.4型ディスプレイ搭載Androidスマートフォン「Xperia Z Ultra」が登場した2013年ごろ、つまり受話器としてスマートフォンを使うことが当たり前だった時代ならば、iPhone XS Maxのサイズにも違和感を抱いただろうが、現在の利用環境の中では、決して大きすぎることはない。

しかし、筆者が毎日パソコンを持ち歩く必要がない職業ならば……、もう少し掘り下げると文章を大量に書く仕事でない、あるいは職場や自宅以外ではパソコンを使う必要がないのであれば、電車での移動が多い都会生活者にとって、「コンテンツビュワーとしてのiPad mini」と「可能な限り小さなiPhone」を選びたいと思うだろう。

4型の「iPhone SE」が現行機種ではなくなってしまった現在、必然的にiPhone XSということになるだろうが、Android端末も含めれば、さらに選択肢は広がる。例えば筆者ならば、現在となってはあまりサイズが大きくない5.2型のNuAns NEO [Reloaded]でも実用上の問題はないため、iPhone XS MaxではなくiPad miniを使うという選択肢もある。

iPad miniのWi-Fiモデルならば、ストレージ64GB版で4万5800円、256GB版でも6万2800円(いずれも税別)だから、実はiPhone XS/XS Maxはもちろん、iPhone XRよりも安価だ。上記ではAndroid端末を挙げたが、iPhoneとの併用であればWi-FiモデルのiPad miniをスマートフォンのようにも使えないわけではない。

iPhoneとiPad mini(Wi-Fi)の連携という選択肢

前述のように、4:3のディスプレイはWebを閲覧する際に具合のいい縦横比で、ほとんどのコンテンツはiPhoneよりもiPad miniの方が快適に楽しめる。また、仕事上の情報を確認したり、少しばかり修正したり、といったこともやりやすい。そもそも、これまで開発されてきたiPad向けアプリは全て4:3の縦横比だ。

キーボード兼カバーの「Smart Keyboard」は利用できないが、長文を書くわけでなければ、メールの返信もiPad miniで十分という人は多いはずだ。「Safari」のリーディング表示も、iPad miniのサイズ感だと、ちょうど単行本を読んでいるような雰囲気になり、電子書籍ビュワーとしても適度なサイズ感だ。

iPad miniが第5世代となって「Apple Pencil」に対応したことで、書類に対して直接書き込んで指示を出すこともしやすくなった。メモ書きなどで便利なことはもちろんだが、個人的にはカメラからRAWファイルを転送して現像するといった処理を行う際に、Apple Pencilを使える点が気に入った。

カメラとその重い交換レンズ群を持ち歩きながら、さらに画像の確認や現像処理などで重い機材を持ち歩きたくないなら、ミニマルな装備ながら「A12 Bionic」プロセッサのパワーで高画素カメラのRAWも快適に扱うことができるiPad miniは十分に使いでがある。

さすがに「iPad Pro」のパフォーマンスとは比べられないが、iPhone XS Maxとはベンチマークテストのスコアでほぼ同じ数字が出ているからだ。

一方でiOSの地道な改良もあって、iPadとiPhoneの連携はかなりスムーズだ。Wi-FiモデルであってもiPhoneのテザリング機能をリモートでオンにできる上、「FaceTime」からはiPhoneユーザーにはFaceTimeの音声通話機能に発信でき、また携帯電話網を使う必要がある場合も、一緒に持ち歩いているiPhoneを経由して音声通話を発信することも可能で、携帯電話番号への着信も使用中のiPad miniに転送させられる。

ヘッドセット機能付きのイヤフォン(iPad miniには3.5mmのヘッドフォンジャックもあるため、やや不便だが、無線だけでなく有線ヘッドセットでも使える)を使っているなら、iPhoneに持ち替える必要もない。

もし、筆者がiPhone SE、6S、7あたりのユーザーならば、そのままiPhoneを使い続けてiPad miniのWi-Fiモデルを買い足すかもしれない。もちろん、予算があるならばWi-Fi + Cellularモデルの方がよりシンプルに使いこなせる。

実際にiPad miniとiPhoneの組み合わせで数日を過ごしてみたが、音声通話を含めてほとんどiPhoneを直接取り出すことなく使えた。もちろん、こうした使い方はiPad miniとの間だけでなくiPad Proでも可能ではあるが、男性ならば片手でわしづかみもできるサイズ感のiPad miniならではの魅力といえる。

iPad miniとiPhoneを組み合わせて使っていて、iPhoneを取り出さねばならないときは、片手しか使えない状況で何らかの文字入力をしたい、といった場面だ。iPad miniの発売を契機に、「iPhone SE2が欲しい」という声が再燃するかもしれない。

これだけ連携の度合いが深いのであれば、「iCloud」を通じたバックアップやデータ共有などを考慮して、あえてWi-Fiモデルの64GB版を選んでiPhoneと併用するという選択肢はありだと思う。

もちろん、向き不向きはある。利用スタイルに合わせた選択肢が増えたと考えればいいだろう。

Appleエコシステム全体の統一が図られたことの意味

もっとも、パフォーマンスさえ向上すれば、iPad miniのサイズがベストだと思ってきた読者は多いだろう。フォームファクターは変更されていないのだから、ここで書いてきたことは、新モデルが出てきたことで再認識したにすぎない。

復活したといっても、また来年、最新プロセッサを搭載したiPad miniが追加される保証などどこにもないわけだが、今回の改良のポイントはiPad mini、Air、Pro、すなわち無印iPad以外のSoC(System on a Chip)アーキテクチャ(特に「Neural Engine」は全てにおいて共通)と、ディスプレイの質(ディスプレイP3、True Tone対応、最大500nitsのHDR表示対応)が統一されたことにある。

こうした特徴はiPhoneの最新モデルとも整合性が取られており、例えばカメラについても新フォーマットのHEIFではディスプレイP3での記録が行われる。さらには標準化でHDRの記録も定義される見込みで、こちらもディスプレイ側のHDR対応とともに映像表現の質を統一する意味合いがある。

ディスプレイの質を、広色域、HDRなどのキーワードで統一できたことで、Appleが発表した新しい動画定額サービスの「Apple TV+」などコンテンツ再生面での素地がそろえられた点も興味深い。

実際、現行のiPadシリーズに同じ映像を表示しているところを見る機会があったが、無印iPad以外の映像の印象は統一されていた。「印象」が統一されていることは重要だ。

全く異なる要素だが、Neural Engineの搭載も同じ。同じエンジンが搭載されることで、今後、機械学習を用いたアプリの数、応用ジャンルの広がりが期待できる。機械学習を用いたフォトレタッチアプリの「Pixelmator Photo for iPad」のβテストに参加してきたが、こうしたアプリが今後増えてくる下地となっていくことを期待したい。

ところで、筆者の場合は、Android端末であるNuAns NEO [Reloaded]とiPad miniの組み合わせでも使ってみたのだが、やはりテザリング時のネットワーク共有連携が行えないのは厄介だった。端末を持ち替えた際、同じアプリなら継続した作業をiOS同士では行えるが、AndroidとiOSの間ではスムーズな連携ともならない。

また、Appleは加入者型サービスに関し、家族で同じサービスを共有できる「ファミリー共有」を導入している。こうした長所も活用できない。

もちろん、これは「逆も真なり」なのだが、Android端末+iPad miniという運用を考慮に入れるならば、容赦せねばならないところだろう。

さて、もう結論は見えているだろうが、iPad miniは日本の都市生活におけるコンテンツビュワー、コミュニケーションツールとして、バランスのいいサイズ感と使いやすさを持っている。

特にiPhoneとの連携は極めてスムーズであるため、特に現在使っているiPhoneに不満がないのであれば、iPad miniを加えてみることを検討してもいいだろう。あるいは、今後の端末選びにおいて選択肢を変更するきっかけにしてもいいかもしれない。

ディスプレイの質やSoCの世代が大きくジャンプアップした第5世代のiPad miniであれば(このサイズ感の端末を求める人にとって)、長い間、愛用できるだけの潜在力を備えていると思う。